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kurage831go’s blog

くらげのようにゆるゆると

タリーズコーヒー

さてさて,久しぶりにコーヒーチェーン店のコーヒーについて。

今日はタリーズコーヒーに行ってきました。

地元の駅から一駅乗り継いで・・・

なんでかっていうと、そこのタリーズにはテラス席があるとらしいとの情報を得たので。

テラス席は結構広くて良かったんだけど、禁煙になっていないからたばこを数人がちらほら・・・まあ、喫煙席だからしょうがないんだけど。

そとだから匂いもこもらないそこまで気にするほどではなかった。

ただ、たまに風向きによっては煙がもろにくることがあって,なんだか落ち着かなかった。

ただ、タバコを吸う人にはとてもいいロケーションだろうね。広々してて、のんびり出来る感じだから。

 

さて、肝心のコーヒーは。

ホットコーヒー(本日のコーヒーという名称)Sサイズ320円、ドトールやプロントと比べると少々高めかな?

ただそのかわり、量はあったけどね。300mlぐらいはあったんじゃないかな(適当)

そしそのお味、一口目はなんだかするどいような苦みがあってうん??っとなったけど二口、三口飲むと普通の落ち着いた苦みになった。

さらに時間をおくとどことなく甘い風味があって俄然飲みやすくなった。

美味しい!!うん、苦いのは苦手だって人にもオススメできるハイクォリティのコーヒー。

値段とか気にしない!!って人にはタリーズのコーヒーを押すね。

さて、これ以上のクォリティのコーヒーはでてくるのかな??

 

あと、私の行ったお店の定員さん愛想が良くて好印象だった。

店を出るとき大きな声でありがとうございますって言われて、おもわずカウンター見たらまた笑顔でもう一度いってくれたからその点でも良かった。

良く行くドトールも別段愛想が悪い訳ではないんだけど,この印象の違いはなんなのかしら??

たぶん行く回数が多い分、当たりもハズレも引いてしまっているだけなんだろうな。

私と幸せと誕生日

突然ですが昨日私の誕生日でした。

34歳になりました。

なんか思いの外大人になっていない自分がいてびっくり。

小さい頃はこのくらいの年齢だったら立派な大人なんだろうなーと思っていた。

(自動的になれると思っていた)

ところがどっこい。

全くもって大人になりきれていない。

そもそも大人というものの定義がわからないからこの判断は間違いなんだろうけど。

まあ、考えるていることはふわっふわっしたものばかりだし、人に自慢出来るようなちゃんとした仕事にもついていないし、つーか、まだ自分のやりたいって思ったことを素直に実行しているし。

ああ・・・大人というモノがどんなものかわからなくても、私は大人になっていないんだなということはわかる。

34歳だったらもうおばさんになるしかないんだよなー

30歳こえたら職場の年下の男の子におばさん呼ばわりされたからな。

その時からなにかあきらめ始めたと思う。

つーか、男の人は女性の年齢を普通にディスったりしているけど、あれはやっぱり年をとった女が嫌いだからなのかな?それとも何も考えていないのかな?

うーん。年をとることってそんなに悪い事なのかな?

ごく当たり前の自然の摂理。それ以上でもそれ以下でも無く。

ただ、淡々と受け止めていきたいな。

 

話がかわって今日は三才になる甥っ子が私の為にケーキを作ってくれると言うのでいそいそと出掛けた。

しかし、まーなんか駅前でやっているお祭りみたいなのに遊ぶのに夢中で、結局ケーキは作れず、市販のケーキですますことに。

やっぱり市販のケーキは私には甘すぎた。それでも・・・

きちんとローソクも買って、火をつけて、歌も歌ってもらえて。

コーヒーをすすり、甥っ子の顔を見ながらケーキを食べる。

定職もなく、彼氏もいなく、全くもって結婚もできそうにないこの人生・・・

人様から見たら眉をひそめられるかもしれない人生だけど、とっても幸せです。

これは,テレビとか教師とか親とかから押しつけられた幸せの定義とは全然違う幸せだがこれでいいのだ。

私は立派な大人にはなれなかったが、小さい頃、周りから押しつけられた幸せの定義をその固定観念を抜け出せた。

それ自体が私の幸せだ。

 

私がこの肉体を離れるのはまださきになりそうだ。

それまでは淡々と、しかし切々とやるべき事をこなし,幸せに生きよう。

作家:森博嗣

作家の森博嗣さんはずっと好きだ。

といっても、読んだのはスカイクロラシリーズと百年シリーズとあとはエッセイをらちょこちょこ。

そして今回森さんの得意なジャンルのミステリィ系を読んでみた。

処女作(正確にはその前の話にあたる物語を三つぐらい書いていたらしい)である

「すべてがFになる」

を読んだ。

つーてもミステリーの感想とかは無理だ。オチをどうしても書きたくなるし、そもそも主人公たちが専門的な話をしている部分ちゃんと理解しているかどうかも怪しい・・・

それでも難解な主人公の会話は最後の方だけだし、他にも面白いやりとりもあったり、犯人捜しもわくわくしながら読めたのでかなりおすすめ。

 

やっぱり森さんは大学の(助?)教授だけあって、頭がいいんだなーと感心しながらよんだ。うーん。感想を書いてみたいが自分のなかでまだ消化しきれていないので今日はやめとこう。

 

最近はこういった小説自体を読むことがじつは減っていたのでこの機会にまたいろいろ読んでみよう。本は読んでいるけど、どうもスピリチャルとか自己啓発とかの本になっていたからなー

今年が終わるまでに夏目漱石を全部読もう!!

美しき緑の星

さてさて,昨日の続き。

映画「美しき緑の星」

 

私が一番印象に残ったのは主人公のミラがテレビを見ていて、雇用を増やすための政策を討論している人達を切断(エゴを切り離す、もしくは覚醒させる行為)するといきなり本音で話し始めるコメンテーター達。

その人達が「仕事なんて無駄なことをさせる為にあるんだ」と言います。

私は確かにその通りだと思った。もちろん意味のある重要な仕事をしている人達がいることは否定はしないけど。まあ、特に今自分の仕事が意味のある事をしているという実感がないためにその言葉に強く反応してしまった。

そこで脳裏に蘇るのは、ミラが住んでいた星の生活。

野菜や果物を自分達の手で作り、必要な物は集会で野菜とかが余っている人からもらう。もしくは物々交換か。

子供達の教育もこんな科目教えられる人ー?っと聞いて、半年なら。って出来る人がやる。貨幣なんかない縛り付けられるような仕事なんかない。

人々は自分達の肉体を維持するモノだけを求めそれ以上は欲しがらない。

その仕事というものはとてもシンプルなのしか残っていない。しかしそれ故、とても重要だ。

今の日本(だけじゃないけど)はとても無駄なシステムが多い。それで食べていっている人もいるんだからしょうが無いだろうという意見もきっとあるだろう。

(無駄な仕事というとなんだかいろいろと間違われてとられそうなので、そういった実のないもの、実際やらなくても実はみんなそんなに困らない仕事を虚無的な仕事といおう)

しかしどうだろう?

必要な物以上を求めなければ虚無的な仕事をしている人達は野菜をささやかなスペースで栽培して、なにか別な食べ物が欲しいときは隣の人に物々交換すれば解決するのではないだろうか。

若干(?)映画の感想とは離れてきてしまったようだが、しばらくこの話。

虚無的な仕事をしてまできちんとした収入を得ようとすると、人はどうしてもいろいろ欲しくなってしまう。欲望自体が悪い訳ではないが私達はそれをほとんどの場合コントロールできていない。

欲しくて、欲しくて、だから買って、それでもまた欲しくなって・・・

その連鎖がずっと続くのだ。

欲望に終わりなんかない。しかしいったん、安定した収入が得られる生活から離れてくらしたらどうだろうか。

肉体を維持するのにじつはそんなにお金はかからない。

化粧云々はできないだろうが。しかしそんなものさえ実は必要ない。

病気になったら?腹八分目で一日2食にとどめれば病気はほとんどしない。

それに人間には素晴らしい自然治癒力が備わっている。

みんな小さい頃から薬をひたすら飲まされ、些細な違和感でも大層な病名をつけられ、そんな日々の中でその力を忘れてしまったのだ(もしくは忘れさせられた)

生きるため、幸せになるためにはテレビが言っているようなものはほとんど必要ない。

それを思い出させてくれた、いい映画です。

映画「美しき緑の星」

君の名は。」の感想を気に入った映画のはずなのにどこか批判的に書いてしまった自分。その作品のよいところを的確に提示しながら、かつ感想を述べるのって結構難しいかも(私だけか?)

今日は練習もかねてこの前観たフランス映画「美しき緑の星」の感想を書いてみようかと思う。さて、上手く書けるのかな??

 

あらすじ

この美しき緑の星では貨幣制度がとっくにありません。
自分の得意で好きなことをそれぞれが表現して共存共生し、みんなが平和に豊かに暮らしています。
なかでも、重要な仕事は、彼らの惑星から、宇宙の惑星に訪問する仕事です。
しかし、地球は本当に危険で野蛮な原始的な星なので、誰も行きたがらない。
そんななか、主人公の女性が名乗りあげます。
「わたし行ってもいいわよ!」

 

うーん。この映画とても素晴らしいんだけどどう話していいのかわからんなー。

なんか観るだけで覚醒されるとかいうコメントをネットで見たことあるけど、私としてはそこまでではなかったな。

ただ、覚醒した人(それに近い人?)が住む星と地球との対比が描かれていてとても興味深かった。

ミラという女の主人公が地球に降り立った直後の町並み(ちなみにパリです)

土は無くしかもウンコが沢山落ちている!

空気は悪い、水や食べ物は変なのが入っていてとても口に出来ない、人々の顔色は悪くしかも常にカリカリしている。

建物も暗くくすんでいる、こんなところに本当に住んでいるのかしら?っととまどうミラ。

この映画20年ほど前の映画らしいのですが、このパリの描写現在も全くかわっていません。パリの町は犬の糞が落ちていてとても汚いし、人々もかりかりしています笑

私は数年前にパリに長期滞在したことがあるのでミラのこの辺りの気持ちはよくわかる。

まあ、日本も犬の糞以外は似たようなものだよね。特に都会というのはどうしても似たような側面を持ってしまうのかもしれない。

私も口にするものを気をつけるようになってから、コンビニとかそこら辺で売っているモノは食べられないもんね(^^;)

まあ、私の場合はミラのように吐いてしまう程ではないので食べようと思えば食べられるんだけど。

 

やっぱりうまく感想まとめられないなー

明日もこの映画の感想を書こうと思います。

 

「君の名は。」感想第二弾

映画「君の名は。」の映像に関する感想でもつづろうかと・・・

しかし、覚えているかなー

ストーリーを追うので精一杯だった感があるから、私の記憶は中途半端になっていることをご了解下さい。

 

さて、新海さんといえぱやっぱり比類無い映像美でしょう。

建物の光の当たり具合やそのショット、自然描写の精細な色使い。

映像に凝っているものを観たい!!と言う人には新海さんの映画をひたすらみまくるのをオススメする。

今回の「君の名は。」でもその映像美は堪能できる。しかし,新海さんがその手腕を映像に対して遺憾無く発揮した・・・とまではいえない。

もちろん、彗星のふるシーンの描写、糸守町やご神託のある景色、三葉ちゃんのやる神事のシーン(三葉ちゃんめっちゃキレイ!!)もうっとりするぐらいきれいだった。

新海さんの作るものには風景なんだけどもう一つの主人公と言ってもいいぐらいに表れ、繊細に描かれる物がある。

言の葉の庭」では雨が「秒速5センチメートル」では桜がそれだ。

しかし、今回の作品では特にそういった物がなかった。そんなに映像としてだしたいモノがストーリー的になかったのだろうか?

そうではないと思う。例えば主人公達をつなぐ組紐。それをもっとキレイにそれこそ繊細な色合いや糸の質感で描写できると思う。

それに糸守町の自然だって。

でもまー、糸守町の自然に関しては、映画を観ただけでここに行きてぇ〜って思えるぐらい十分にキレイだったんだけどね!!(^_-)

 

君の名は。」に関してどうしても批判的になってしまったのは、新海さんの作品が今までと違うエンターテイメントよりになってしまって個人的には少しがっかりしているからだと思う。面白かったんだけどねー。

ちなみに新海さんは昔にもエンターテイメントの映画作っています。

「星を追うこども」っていう映画。でも、これは正直つまんなかった。映像美も全然なくて。繊細な男女のやりとりとかもあんまなかったと記憶している。

それもあってか新海さんにはエンタメ系よりはマニア受けするような映像を作っていってほしかった!!

ただ、もちろん作る側としては売れたいもんね。しょうがないことだけど。

次は新海さんどんな映画作ってくれるかな??

その前に「君の名は。」もっかい見に行こうかなー

 

君の名は。

金曜日の夜にいま話題の「君の名は。」を見てきた。

カップルが多いと聞いていたが、予約時にシートが2座席づつが予約されているのを見たが、それでも一人で行ってきました。

基本私は一人で映画を見る人。

だって遊びのメインが一人でするものだし〜

・・・決して、友だちが少ないからとか、彼氏がいないからとかそんなんじゃないからね。・・・決して・・・ごにょごにょ

あ、オチを隠して感想だけいう芸当はとても出来そうにありませんので、うっかりネタバレをされたくない方は読まないで下さい。

 

君の名は。」感想

新海誠さんの作品はもう昔から観ていたから彼の作る映像の美しさは十分にしっていた。映像に関しては今日は言わないでおこう。(話が脱線するから)

さて、その注目のストーリーですが、なかなかよかった。

しかし、伏線とかが張られていたので一回観ただけじゃよくわからない部分もあった。

あと、主人公達は入れ替わっているときタイムリープをしていたとい設定なんだが、絶対途中で気がつくだろ!!ってまずツッコみたい。

スマートフォンとかテレビのニュースとかで西暦でてくるだろうに・・・

まあ、そこは新海さんも考えただろうけど・・・どうしようもなかったのかな?

なにか他の要素を加えて主人公達が気がつかない工夫とかできなかったんだろうか??

 

あと、お互いに惹かれ合っていくのだが、どうしてそうなるのかがわからない。

新海さんの他の作品ではお互い、惹かれていく男女の繊細な心の動きみたいなのをちゃんと描いていたはずだし。

なにか共通して好きなものとか、お互いの話をじっくり聞いてあげて相手を肯定してあげるとか、今回そういった描写が無かったんだよねー。

私が見落としてしただけか??いや、そんなことはない。無いものは無い・・・

たぶん、SF的な複雑な設定、それを明かして伏線を回収するのに精一杯になってしまった感がある。

だから瀧くん(主人公)が三葉ちゃん(ヒロイン)の為に遠くの山まで登っていったりいろいろ苦悩したりするのにあんまり共感ができなかった。

一体いつの間にお前はそんなに三葉ちゃんのこと好きになったんだ??と聞きたかった。

うーんこうして書いていくと批判ばかりしていまっているなー

いや、新海さんの作品どれも好きだからどうしてもエンターテイメント寄りになっている今回のやつは辛口になってしまうのだろう。

こんな批判ばっかり書いてしまったけど、「君の名は。」はやっぱりオススメしたい映画です。

ギャグも面白かったし。入れ替わって、戸惑いながらもなんとか平穏に日常をこなそうとする主人公達のシーンの疾走感、面白かった。

エンターテイメントとして十分に見応えのある映画だった。

どうでもいい感想だけど、途中三葉ちゃんが「イケメン男子に生まれ変わりたい!!」

(意味が重なっている文だ)っていう台詞に凄く共感したなー

私も来世はイケメンに生まれたい!!

 

最後に、隣の女の子はラストで泣いていたけど私は全く泣けなかったな。

うーん。泣くのが感性がいいとか、泣かない方がきちんと作品を観ているんだとか言わないけどでも、ごめん。私には泣き所がわかんなかったや。

なんでこんなこと書いたかっていうと、最近(少しは下火になったかな)なにか観て泣くと感性がいいとか、ピュアだってとらえる事や、泣ける映画が素晴らしい映画、っていう風潮がある。それに対してなんか、どうしても反抗的な気持ちになってしまうんだよね。

ああー上手く言えない。こういったことって,なんか上手に伝えられないなー。

泣かないことを否定したくないけど、泣くことも否定はしたくないんだが・・・