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kurage831go’s blog

くらげのようにゆるゆると

美しき緑の星

さてさて,昨日の続き。

映画「美しき緑の星」

 

私が一番印象に残ったのは主人公のミラがテレビを見ていて、雇用を増やすための政策を討論している人達を切断(エゴを切り離す、もしくは覚醒させる行為)するといきなり本音で話し始めるコメンテーター達。

その人達が「仕事なんて無駄なことをさせる為にあるんだ」と言います。

私は確かにその通りだと思った。もちろん意味のある重要な仕事をしている人達がいることは否定はしないけど。まあ、特に今自分の仕事が意味のある事をしているという実感がないためにその言葉に強く反応してしまった。

そこで脳裏に蘇るのは、ミラが住んでいた星の生活。

野菜や果物を自分達の手で作り、必要な物は集会で野菜とかが余っている人からもらう。もしくは物々交換か。

子供達の教育もこんな科目教えられる人ー?っと聞いて、半年なら。って出来る人がやる。貨幣なんかない縛り付けられるような仕事なんかない。

人々は自分達の肉体を維持するモノだけを求めそれ以上は欲しがらない。

その仕事というものはとてもシンプルなのしか残っていない。しかしそれ故、とても重要だ。

今の日本(だけじゃないけど)はとても無駄なシステムが多い。それで食べていっている人もいるんだからしょうが無いだろうという意見もきっとあるだろう。

(無駄な仕事というとなんだかいろいろと間違われてとられそうなので、そういった実のないもの、実際やらなくても実はみんなそんなに困らない仕事を虚無的な仕事といおう)

しかしどうだろう?

必要な物以上を求めなければ虚無的な仕事をしている人達は野菜をささやかなスペースで栽培して、なにか別な食べ物が欲しいときは隣の人に物々交換すれば解決するのではないだろうか。

若干(?)映画の感想とは離れてきてしまったようだが、しばらくこの話。

虚無的な仕事をしてまできちんとした収入を得ようとすると、人はどうしてもいろいろ欲しくなってしまう。欲望自体が悪い訳ではないが私達はそれをほとんどの場合コントロールできていない。

欲しくて、欲しくて、だから買って、それでもまた欲しくなって・・・

その連鎖がずっと続くのだ。

欲望に終わりなんかない。しかしいったん、安定した収入が得られる生活から離れてくらしたらどうだろうか。

肉体を維持するのにじつはそんなにお金はかからない。

化粧云々はできないだろうが。しかしそんなものさえ実は必要ない。

病気になったら?腹八分目で一日2食にとどめれば病気はほとんどしない。

それに人間には素晴らしい自然治癒力が備わっている。

みんな小さい頃から薬をひたすら飲まされ、些細な違和感でも大層な病名をつけられ、そんな日々の中でその力を忘れてしまったのだ(もしくは忘れさせられた)

生きるため、幸せになるためにはテレビが言っているようなものはほとんど必要ない。

それを思い出させてくれた、いい映画です。